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男でも化粧水ドバドバ使えってことらしいな

いやーまいったなぁ、化粧水こぼしちまった。 化粧水なんて情けない汁を毎日使ってるってわけじゃないんだ。友達の部屋にあったものを拝借したままになってたらしい。信じてくれ。 机の上にたっぷり流れ出てて、幸いなことに書類や書籍は無事だったんだがCPUにぽたぽた垂れていたときたもんだから、まぁそれなりに慌てはしたものの、今のところもっさりではあるが起動してくれている。頼むから耐えてくれマイハニー。 こぼしてしまったものは仕方がないので、机に広がった「化粧水・敏感肌用・さっぱりタイプ」を新興宗教の資金源a.k.a.ありがたい水でもいただくが如く、なめるように絡めとり顔にバシャバシャとかけてやった。 水は水だろうと思っていたシニカルな振りをした冷笑主義者で社会の毒でもある私は、自身を恥じるのに一切のためらいを覚えない。 化粧水すげーわ。 肌もちもちだもん。 もっちもち。 で、多分だけど思い切り使わないと意味がない。 ちょっとつけてもな、結局水。でもドバドバつけると化粧の要素が勝つ。 ありがとう無印良品。俺のもち肌が約束されたよ。 もしかして乳液とかもいいのか? 教えてくれ美容の国の人。

LCCとか業務スーパーじゃね

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車輪の発明は人類にとってかなり大きなブレイクスルーだったという話をどこかできいたことがあったのですが、どうやら移動手段が人々の生活をガラッと変えてしまうことは歴史のお話じゃないんだなと、LCCを初めて乗ったときに思った私です。 LLCとか業務スーパーみたいじゃね (と思っている人に対して書いてます。) かく言う私も田舎者で保守的ですから、LCCなんて、そりゃ冒険王のみがのるものだろうと思ってたわけなんですが、やっぱり使ったほうがいいんじゃないかなぁと思っています。 日本最高という気持ちもわかりますが、日本が他国と比べてどう最高なのか、はたまた実は最高なんかではないのか、と気づくためにもガンガン海外に行く機会を増やしたほうがいいのです。 和訳が格安航空券なので当然といえば当然なんですが、安いので気軽に海外に行けるようになります。 初めてLCCを使ったのは大学一年生の時にマレーシア行くためにskyscannerでとった(性格には友達に取ってもらった)航空券で、母や祖母から戦地にいくのかというほど心配されたのを覚えています。君子危うきになんとやらとはいいますが、予想以上に反対されて笑ってしまったのを覚えています。 あとあと出会ったバックパッカーたちにとってはLCCの利用=当たり前だったようですが、大学で会う友達にはまったく浸透しておらず、「こりゃよくねぇ」と思い至り、ちょっと紹介してみようと。 それもそのはず、旅行会社が紹介するパッケージ化されたプランはJALANAやらがメインで、LCCは話題にもあがらないという現状があるっぽいです。 そもそもLCCとは LCCはLOW COST CAREERの略で、読んで字のごとく、コストの低い航空券だと思っていただければ問題ないです。LCCという会社があるわけではないわけです。 (例えばAirasiaや国内だとJetstarが有名だったり数は無数にあるんですが、この前乗ったインドのSpiceJetは私でも若干コメディめいた名前にたじろぎました。) これのおかげでおおごとだった海外旅行が少しだけ気軽なものになったわけで、頻繁に開催されるキャンペーン中であればバンコクに1万円くらいで行けちゃうようになりました。ハングオーバーの再現も簡単! 安...

話題の2018年音楽年間ベスト

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総リスニング時間が人生を超えたことで話題の俺が、2018年の年間ベストをその時考えていたこととかやっていたことを併せて紹介するぜ 2018年は人間的に終焉を感じ始めたけど、目を背けました!みたいな年だったんですが、2019年はそのまま突入していくところまで行こうと思っています 1位 Be the cowboy/Mitski 音楽的にスノビズムり始めた高校生の時(2012年くらい)にはまったのがストロークスとかアークティックモンキーズだったから、こういうのたまんないんですよねぇ 特にシリアスめの葛藤がなかった青春時代を送ってきたから、葛藤とそれに伴った情念にあこがれがあって、Mitskiさんの作品はそれをビンビンに感じて僕は大好きです このアルバムがリリースされたとき、東南アジアを周遊している最中だったんですが、Nobodyの感動が全観光スポットの印象を上回りました ちなみに1か月の旅行を終える最終日に全身虫に刺されて3週間くらい寝込みました インドはやっぱりやばいっすね 2位 Ai qing/KID FRESINO 肩の力の抜けた佇まいがかっこいいですよね たまに学校にいた、「気負わないけど才能あるやつ」が本気だした感じ まさに少年漫画みたいで、追いたくなるわけですね 絵になる男はいつの時代も、どうしたってかっこいい Fla$hBackSも後追いなんですけど最高で、C.O.S.Aとの曲もカッコよくて惚れそうです あと、NENEの「白ティーノーブラ」、めちゃくちゃにかっこいい あそこパンチラインっすよね 3位 Arctic Monkeys/Tranquility Base Hotel&Casino いやー、やっぱむずいっすwみたいな展開してきてもう信者にはたまらない今作だったわけですが、いや意外と聴きやすいとなったり、バイブリカルな作品になるポテンシャルを感じざるを得ません "I just wanted to be one of the Strokes" の1ラインは、アレックスターナーのカリスマ性がのっかった上での訥々とした告白に思えて、淡い情緒が広がる最高の歌詞だと思っています 曲単位で勝負する...

グループディスカッションをして思ったけど

物は言いようとはよく言ったもので、我々が手に持っているスマホも、フォン(電話)と言いながらも、よく考えるとパソコンだったりする。 普段取り立てて考えてみるわけでないためにスルーしているが、意外と我々は言葉に関して寛容だ。 というのも就職活動のグループディスカッションで、議題が弊社で活躍するために求められる資質は?というものを出され、私はすかさず活躍の定義づけにはしったからだ。やべ、俺の文系の悪いところを凝縮したような発言出ちまった...などとは思ったものの、まぁよしとして、この発言は意外と評価されて大切だよーーなどといわれた。黙れと思ったが。 何を隠そう言語系を専門に学習していたからか、意識的に関連書物を読む機会が多く、この話については、ヴィトゲンシュタインの哲学探究で語られる言語の曖昧さみたいな考え方を思い出す。 これは、言語に明確な定義はなく、我々は「なんとなく」でコミュニケーションをやってるということをいっていて、母親の言ってる「水色」と自分の「水色」の認識では微妙に違うかもしれないということである。(と理解できる) しかもそのなんとなくの定義はフワフワしながらもそれぞれに違いがあって、共有されているものではない。 だからこそである。原理上完全な理解は不可能だが、すこしでも向いている方向を明確にすることは、コミュニケーションを綿密に行う上では大切なのだと思う。 発言の意図を、少しきもくても「というのも〇〇は△△で...」のように付け加えることで、通じるものがあるかもね、というお話。 勉強の哲学のアイロニーとユーモアもここにつながる話でしたね。

俺がおやすみモードだった試しがあるか

iPhoneの機能に、おやすみモードというのがあるらしい しっかり調べたくもなかったので調べていないが、最悪なことに画面がロックされている場合、かかってきた電話が強制的に不在になるという機能が含まれている バカなのか? 誰にも邪魔されたくないおやすみモードの時、電話がかかってきたとて人は起きない そもそもマナーモードという機能はガラケーの時代からあるではないか そしてそもそも、俺におやすみモードなんていう時期はない あるか?胸に手を当てて考えてみろ だいたいなんだおやすみモードって、眠いときゃ寝るよ馬鹿にするな そして何より問題は、というよりこれがなければここまで湧き出て来るFURYは無かったわけだが、下から上へのスワイプで出現する便利機能みたいな部分におやすみモードボタンが鎮座していることだ おすわ! 押しちゃうわ! サラサラおやすみモードに入るわけもなく活発モードだったのに、携帯は知らぬ間におやすみモードになっててたまる不在着信 おやすむな!!! おやすむんじゃねえ!!! おやすみ!!!

2017年個人的ベストアルバムに個人的反省

2016年からApple Musicに登録し、聴く音楽のジャンルが爆発的に広がった。 それまでは、いわゆるAlternative RockやDTMの趣味が高じて派生したHouseを中心に楽しんでいたのだが、昨年聴いたChance The RapperのColor Bookを爆心地としてHIP HOP及びR&Bにも広がりつつあり、趣味なのに忙しいという嬉しい悲鳴を上げている毎日である。 私のような人は多いだろう。まったくテクノロジーとはすばらしいものだ。 ただその半面、アーティストへのお金の流れが云々との話もよく聞くが、僕はアーティストでは無いのでわからないし、消費者的には安く消費したい・便利なものを使いたいという至極全うな気持ちに基づいて行動しているのみだ。また、本当に気にいったアルバムはいまだに購入している、ということも事実である。 さて、本年2017年は個人的に激動の一年であった。 半ば就活から逃げるような形でトロントまで渡航し、一年を通して何かを考え続けていたように思う。いまだ将来はぼんやりとも見えてこないが、考え方や能力といった面での成長は著しいものだったと自分を納得させている。 人は大きなことを考えることで小さなことから目を背けるようで、日本・世界の諸問題についても今年はよく考え学んだ。そして学べば学ほど鬱屈とした気持ちになった。 今年は本当の意味で音楽が支えになった。 音楽を聞くのはコストも低く、体力も使わない。ただ、不思議なことに楽しい気持ちやまったり気持ちにさせてくれる。ある意味、それはドラッグで、処方箋のような意味合いを持っている気がする。 今年よく聴いた音楽は、退廃的といことばがキーワードだったかもしれない。 どうせ決まった答えのない問題なら、捨て鉢な気分のままになんとなく頑張るくらいがちょうどいい。そしてそれは拒絶であり、傲慢さであり、諦めであり、享受でもある。 ここからどう転がるか、次の課題はまた来年考えよう。 1 ゆるふわギャング.......Mars Ice House 2 Mounika.......How Are You 3 Alvvays.......Antisocialites 4 Mura Masa.......Mura Masa 5 Foste...

トロント、腹痛、散策

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トロントの町を歩いた。 都市圏人口590万人、人種のるつぼ。 まごうことなき大都市である。 ホームステイ先について2日目、1日目はずっと寝ていたため、実質初トロント生活だと言っていいだろう。 ちなみに、僕を受け入れてくれたのはフィリピンに出自を持つ家族だ。 多少、というか普通に訛りがあるが、息子と娘は完全にネイティブスピーカーらしく、悪くない環境だろう。 部屋も小綺麗だし、安めの値段設定にしては、十分である。 正直ごはんはシンプルにおいしくないが、今後に期待したい。 さて、そんな家を飛び出して、トロントの街中をぶらついてきた。 まずは公共交通機関を乗るという難関にぶち当たったが、なんとなく寄った近くのコンビニみたいなところでトークン(コイン状の乗車券みたいなもの、渡航経験のある国でも多くがこの形態だったように思う)を発見。すまし顔でバスに飛び乗り、乗り換え券のようなものもなんとなく手に入れ、地下鉄への乗り換えに成功。(トロントの町では、市が一括で公共交通機関を管理しているらしく、割と乗り換えができる) トロントの中心地に躍り出た。 明日から通うことになる(激烈な勢いで決定した)学校の場所を確認し、町を散策することに。 当然、便意との闘いだ。 いつだってそうだ。旅先では便意と戦ってきた。マレーシアでも、インドでもそうだった。 トロントの中心部なだけあって、完全に都会である。イオンみたいなところがあればこちらのものなのだが、そんなものは見当たらないため、地下鉄へと猛然と早歩きで向かう。 おそらく、便意を抑え込む僕の顔は逞しく、頼もしい。 インド人っぽい顔をした観光客一行に、ホッケースタジアムはどこだと聞かれた。国際水準の頼もしさなのだ。便意によって思考回路が混線し、そもそもホッケースタジアムの場所を知らなかったので、「I just look for washroom!」と高らかに宣言し、キメ顔をし、身を翻した。 これが、世界である。 と、インド人も思ったに違いない。 しかし、インド人との出会いはカレーを連想させ、僕の便意を加速させていた(他意はある)。 地下鉄につくと、そこにトイレはなかった。 普通にちょっと泣いたし、あきらめかけた。後々調べたことだが、トロントの地下鉄駅にはあまり...